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この方は、しきりに落ち込んでいると訴えていますが、これはこの方の本当の感情ではありません。この方は、怒りを抑えているのです。自分が怒りを感じている事から目を背けて、怒るべき場面では悲しみや自己否定、劣等感などにすり替えて処理する癖をつけていました。そこで、怒りを解放する(注:)カウンセリングを行いました。
怒りを感じる事は、決して悪いことではありません。怒りをどう処理するのかを間違うことがいけないのであって、怒りそのものは悪でもなんでもないのです。すべての生きものがそうであるように、自分を守ろうとする事は全然悪くありません。自然に湧きあがる怒りは防衛の為の感情です。
自分は、怒りを感じてもいいのだと思えるようになった彼に、怒りの処理の方法を教え、ちょっと練習してもらいました。簡単な事なのですが、一人になれる場所で、枕を殴るとか、相手に言えなかった事を声にだして言うなどといった事です。え、そんな事でと思うかも知れませんが、怒りは具体的行動で吐き出せば出すほどきれいに消化されて、なくなっていきます。相手に直接言う必要はないのです。
カウンセリング後、彼は明るい表情になり、落ち込みもきれいに解消しました。
居酒屋で上司の悪口を肴に一杯やっているサラリーマンが居ますが、あれは正しい怒りの処理のひとつだと言えます。もちろん一緒にお付合いしてくれる人を選べば、ですが。
現代社会の教育がそうなっているのでしょうか、怒りを感じることさえも悪いと思い込んでいる方が、非常に多いことを感じます。これは心の自然な感じ方をゆがめる事で、私は、是非そのような思い込みは止めたほうがよいと言いたいと思います。
注:怒りを解放するという事は、怒りを感じる自分を素直に受け入れるという事です。怒りを押さえ込んでいる方は、たいてい怒りを解放しますというと、「怒りを感じると自分が制御できなくなるのではないか」とか「ずっと何にでも怒ってしまうのではないか」とか「上司になにか仕返しのような事をしてしまうのではないか」というような不安を訴えますが、そんな事は決してありません。怒りは比較的簡単に処理できる感情です。
ただし、怒りの処理方法を間違うと大変不幸を招きます。始終怒っている、いわゆる怒りっぽい人は、自分を怒らせた対象(人、もの、事柄)そのものへ怒りをぶつけてもいいと考えているようです。しかし対象そのものに仕返しのように怒りをぶつけても、怒りは解消はしません。これは間違った処理方法の代表例と言えます。解消しないので、始終怒り続ける事になり、怒りっぽい人と言われるようになります。
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